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東京高等裁判所 昭和47年(ラ)946号 決定 1973年1月27日

抗告人 藤田ひろ子(仮名) 昭三六・三・一生 外二名

右法定代理人親権者父 佐々木昇(仮名)

主文

原審判を取消す。

抗告人らの氏をいずれも父佐々木昇(本籍千葉県市川市○○△丁目△△番地)の氏に変更することを許可する。

理由

第一

抗告人らは、原審判を取消す、本件を浦和家庭裁判所に差戻す旨の裁判を求め、その抗告の理由は、次のとおりである。

一  佐々木昇(抗告人らの父、本籍千葉県市川市○○△丁目△△番地)は、昭和三一年二月ころ申立外佐々木みつと結婚して昭和三二年一〇月七日その旨婚姻の届出をし法律上夫婦となつたものであるが、昭和三三年ころから抗告人らの母藤田あやのと知りあい関係を持ち、その間に昭和三六年三月一日抗告人藤田ひろ子が出生し、昭和三七年ころから抗告人ひろ子とともに抗告人らの肩書住所地においてあやのと同棲するに至り、右両名間に昭和三八年九月二日抗告人藤田みさ子、昭和三九年一二月二七日抗告人藤田あき子がそれぞれ出生し、以上抗告人ら三名は、いずれも父昇に認知され、昇およびあやののもとに養育されて現在に至つた。

二  抗告人らは、日常生活においても、また抗告人らの通学している小学校においても抗告人らの父と同じ「佐々木」の氏を称しているのであるが、今後中学、高校と進学して多感な思春期を迎えるのであつて、従来の生活環境、今後の教育等の面からみて抗告人らの氏をいずれも父の氏の「佐々木」に変更することが、抗告人らの生活の便宜上およびその将来にとつて有益である。しかして、氏の変更により、旧民法におけるように父の家に入ることによつて特別の法律効果の生ずる場合であれば格別、新民法下にあつては、父の妻が反対するのは単なる感情の問題にすぎず、これを顧慮する要はない。

三  原審判は、抗告人らの父の妻佐々木みつが抗告人らの申立にかかる本件氏の変更に反対している等の事情を考慮して抗告人らの申立を却下したものであるが、右判断は抗告人らの父の妻の感情にとらわれすぎたものといわなければならない。すなわち、抗告人らの父昇は、嫡出子である長男洋祐および長女富子と別居しているが、これは昇とみつとの間の家庭の事情によりやむなくしている結果であつて、右嫡出子らを遺棄したものではなく、現に昇は給与所得者でありながら、毎月の給与から月額金五万円という多額の金員を本妻みつのもとに送金して右子女の養育を托しており、かつ昇において抗告人らを認知したことは、既に昇の戸籍にその旨の記載がなされているのであるから、洋祐、富子らの嫡出子において右認知の旨をこれにより知りうるのであつて、抗告人らにつき「佐々木」の氏に変更があつたとしても現状以上の不利益を与えるものではなく、結局原審は、本妻みつが本件氏の変更に理由なく反対をとなえていることにこう泥した結果その判断を誤つたものである。

よつて、原審判は不当であるからその取消を求めるため本件抗告におよんだ。

第二当裁判所の判断

よつて審究するに、本件記録に徴すれば、抗告人らと佐々木昇との身分関係、佐々木昇と佐々木みつおよび右両名間の長男洋祐、二男正夫(死亡)、長女富子らとの身分関係に関する事実、昇が本妻たるみつと完全に別居し、同女に対し毎月金五万円ずつ送金してその生活を扶助していること、並びに右みつが抗告人らの本件氏の変更に反対をとなえ、抗告人らの父佐々木昇が抗告人らの法定代理人として本件氏の変更許可申立におよんだいきさつに関する事実は、原審判と同一に認定することができ、この点に関する原審判の説示するところを引用する(原審判四枚目表八行目から同五枚目表八行目まで)。家庭裁判所が民法第七九一条の規定による子の氏の変更についての許可の審判をするにあたつては、その申立が同条所定の形式的要件を具備するかどうかのほかに、改氏に異議をとなえる者があるときは、その者の社会生活上の利害と右申立権者の利害とを比較考量のうえその許否を決すべきものである。

しかして、右認定事実にもとづけば、抗告人らの父佐々木昇は長年月にわたり抗告人らの母藤田あやのと関係を継続し、その間に抗告人らを順次もうけたものであつて、現在においては本妻たる佐々木みつに対して生活費の仕送りをするだけで、同女とは往き来はなく完全に別居し、その生活の本拠を抗告人らの母および抗告人ら方に置き、同人らと同居生活を営み、これに照応して抗告人らは事実上父昇の氏の「佐々木」を称しており、かような生活関係は既に定着していることがうかがえる。従つて、これによれば、抗告人らがその生活の実体に即応して父の氏に変更を求めるべき利益ないし必要は顕著なるものがあるといわなければならない。

これに対し、本件氏の変更に反対している佐々木みつおよび嫡出子たる長男洋祐、長女富子らの側についてみるに、本件申立が許可されることによりその旨の戸籍の記載により同人らと抗告人らが同一の戸籍内に列記されることとなつた場合、洋祐、富子らが将来これを見て抗告人らについての認知、入籍の事実を一見明白に知つてその感情に刺激を受け、さらに非嫡出子の入籍により将来同人らの婚姻、就職等に今日の社会の実情からして多少の不利益の生ずることのありうべきことは否定しえないけれども、抗告人らにつき父昇の認知のあつたことは、右みつ、洋祐および富子らの属する昇の戸籍の事項らんには既にその旨が記載されているのであつて、これによつてもその事実を知りうるのみでなく、洋祐、富子らの嫡出子も、抗告人らの非嫡出子も、ひとしく父昇の子であつて、相続分に差別のあるほかは、身分上差別を受けるべきものではなく、右嫡出子らの不利益の除去に重きを置いて、抗告人らの前記利益をまつたく否認しさるのは相当でない。

更に、佐々木みつが本件氏の変更に反対をとなえる感情は、それはそれなりに首肯できなくはないが、本件は、結局同人と抗告人らの父佐々木昇との間の婚姻生活の破たんに端を発するものであるところ、そのことの救済ないし解決はおのずから別個に考えるべきであり、佐々木みつにおいてその破たんの責任につき相手方たる昇を責めるのあまり抗告人らとの同籍を拒絶しようとするのは相当でなく、事件本人たる抗告人らの希望(現実には抗告人らの立場に立つて考える法定代理人昇の希望であるが)と、氏を単なる個人の識別のための呼称にすぎないものとした現行民法の建てまえの前に虚心に道を譲るべきものと考える。戸籍法が、戸籍は一の夫婦およびこれと氏を同じくする子ごとに編製すべきことを原則としていることは、妻の反対をもつて右氏の変更許否を決すべき決定的事情とすべきものと解する論拠としては不十分であり、その他に右結論をくつがえすべき特段の事情は認めることができない。

従つて、抗告人らの氏を父佐々木昇(本籍前記のとおり)の氏に変更を求める本件許可の申立はこれを認容すべきであり、本件許可の申立を却下した原審判は失当であつて、本件抗告は理由がある。

よつて、家事審判法第一四条家事審判規則第一九条に従い、原審判を取消し、本件氏の変更を許可することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 間中彦次 園部逸夫)

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